« 2005年01月 | メイン | 2005年03月 »
2005年02月24日
無題
あいあいーは某コンビが元祖ではない可能性がある。

投稿者 daurade : 22:38 | コメント (0)
お暇なら
久々にツーリング小話を追加しました。お時間のある方はトップからどうぞ。
投稿者 daurade : 00:58 | コメント (0)
2005年02月22日
横浜浮世絵 横浜港崎廓岩亀楼異人遊興之図 多分ね。。。
今日は横浜にある,県立歴史博物館に行った。ほんとはおとといのライブの前に行きたかったのだが,あいにく時間の都合がつかず。。。
というわけで今日,改めてである。目的は村絵図の確認。これはなんとか最低限の情報は得た。そんでもってついでに寄った展示にはまった。
せっかくだから,ってんでふらりと見に行ったのが運の尽きだったのかもしれない。
浮世絵。はまった。
中でも横浜港に新たに造られた遊郭の絵。詳しい事は知らないが,その絵の描写に目を奪われた。
遊郭のメインストリートのど真ん中に桜の並木。道を二分するように植わっている。花街入り口には柳が植えられ,遊郭を取り囲むように松と桜が植えられている。
この配置が非常に気になる。
桜が街路樹として一般に植えられるようになったのはいつ頃か?
花街ならば柳が多いのではないのか?(花の慶次-雲のかなたに-で安土桃山時代に遡るうんぬんとあったが文献などで確認しておらず)
メインストリートのど真ん中に通りを二分する形で桜が植えられている事に意味があるんだろうか?
あるいはこれらの配置は開港したての横浜だからこそのディベロッパーの考えによるものなのか?
非常に気になる。。。花街に関してあるいは桜や柳の歴史(?)に関する文献など,ご存知の方がいらっしゃいましたら,どうぞ教えてください。
投稿者 daurade : 23:16 | コメント (0)
2005年02月21日
ライブ
昨日は相方とともに日吉に行った。
そう,ナイトウカナコを見にである。いやー,予想以上のパフォーマンスでかなりいい時間を過ごす事ができたのがうれしかった。
私,ライブは初めて見に行ったんですが,色んな出演者がおられますな。それもいい経験でした。
投稿者 daurade : 13:32 | コメント (0)
2005年02月07日
英会話のしをり
最近メガネを弟Tに破壊された。仕方なくメガネを新調しようと昨日今日とメガネ屋をひやかしてまわっている。
そんで今日は結局南大沢のZOFFで適当に買い(つーか運転用として),引き取りまで時間があったので,大学の図書館に調べものついでで寄った。その帰り。
ラフェットの前で急に呼び止められる。メガネをかけたトレンチコートの男。その後ろには西欧人らしき男もいる。一瞬大学に用がある人間か?と思い,つい足を止めてしまった。
いつぞやも大学の研究室を探している西欧人に英語でまくし立てられ,めんどくさくなったので
Follow me
といって直接連れてったことがあったのを思い出したからだ。めっちゃ親切だよ!お前らくらいのことは言われました。都立大生の親切話はそれとして。
話しを戻す。男は日本語で私を呼び止めた。目を合わすと,なんとも微妙なオーラが宿っている。そして
お急ぎのところすいませんが・・・
とお定まりのパターン。丁重かつ大胆に断り,私が歩き始めた瞬間,西欧人が初めて口を開いた。
ガンバテクダサーイ
さわやかでありながらも,どこかしらやる気のなさを感じたが,私はその場を去った。
今思うに,オマエモナ,くらいはいっときゃよかったかもしれない。ちなみに宗教勧誘でしたさ。
そしてメガネはやや失敗と思われる。相方に,他の店で見繕ってもらったのをぶっちぎって,適当に買ったのがばれると思われるが,運転用だからいいんだ!の一点張りで乗り切る所存である。そして当然の如く,私がそれを装着した写真などは載せない。なぜなら真鍋うじのでおなかいっっぱいだからである。
投稿者 daurade : 22:43 | コメント (0)
2005年02月03日
悪女
最近ドラ右衛門がやたら気になる。コミック全巻欲しいくらいだ。
ミッキーは微妙な表情していたが,原作のしずちゃんは悪だ。
コンテクストからの絶妙な切り離し具合が,原作の読破欲求を否応にも高める。逸品である。
投稿者 daurade : 23:08 | コメント (0)
2005年02月02日
車検の見積は見たくない・・・
お久しぶりです。相変わらず更新してませんが,それはまあ長い目でみて頂くとして。
というか,最近PCを立ち上げるのが億劫です。なんでか?立ち上げたら最後,精根尽き果てるまでモニターとにらめっこしてしまうからであります。
知ってる人は知ってるかもですが,目下修士論文をリライトして,学会誌に投稿すべく日夜格闘しております。
そう,PCを起動するとその作業に没頭してしまい,冗談ではなく寝食を忘れてしまうんです,私。
こんな生活を今まで続けてりゃ,体も心もぼろぼろになるってのは,一度酷い目あって十分わかってるんですが,どうしても私が追いかけてる世界に引込まれてしまう。
先日も後輩の発表会の前日,バイト中に閃いたイメージがきっかけで,仕事そっちのけで作図をして,そのまま家でも作業を続け,気付けば朝。図は完成したものの,相方との待ち合わせに遅れるわ,発表には間に合わないわで,なんとも申し訳ない思いをしました。
でその図を持って一昨日師匠のところに行ったら,見るなり朱が入り,怒濤の議論へ。以前からこういう図が欲しいと言われてたんですが,どうしてもそのイメージが固まらなく,結局それは修論には載らず。ようやく今になって,たたき台が出来上がったという訳です。
にしてもあそこまで師匠が食いついてくるとは,さすがに予想以上。まるで飢えを癒すかのようながぶりつきに多少面食らいながらも,議論を続けること2時間強(これでも最近はめっきり少なくなって寂しい気もする。以前その倍は軽く議論していたんだが)。
江の島の話から広島の宮島,さらにはアフリカや江戸時代の風俗の話まで。その中で私が閃きを感じた,というより師匠のビジョンを共有できた(図を描きながら議論をしてるからではあるけど)のは,海岸地形の発達と,村落の発展について。
一見,祭りとは関連がないように感じられるかもしれないけれど,人間,住む土地がなければ活動できない訳で,住める土地の出現,あるいは開拓による村落の発達は,つまり人間が自然を自然から切り離し,人間の側に引き寄せる行為の動態であり,そのことと祭祀(まあ日本の場合)は無関係とは到底いえない。
端的に言えば,神社と村落の相対的な位置関係はそこに暮す人々の生き方を示している訳です。もちろん先人たちによって,日本の信仰の型が論じられていますが,それを踏まえて,その型と様々な社会や環境の変化の中で,何がかわって何がかわらなかったのか,何を新たに創り出したのか,それは何とどのような関係にあるのか。その錯綜とした,もつれた糸を解きほぐし,その選択されたものと関連づけの論理を明らかにしたい訳です。
とまあとりとめもない話になりましたが,これを考えていると思考の渦に巻き込まれて行くわけです。その混沌とした世界の中から何かを見いだす(と錯覚しているだけかもしれませんが)興奮を味わってしまった。そんな訳だから今の自分があるわけで,それを支えてくれている人たちには感謝してもしきれませんが,私が見いだしたものを共有できる形で社会に還元することでその恩に報いたいとは思います。
少なくとも,師匠とはそういう世界を共有できていると思えるのは幸せなことだと断言できます。まあ2人揃ってあさっての方を向いているのかも知れませんが(理学部だと肩身が狭くて。。。それでも修士とれたのは色んな意味でミラクルでした)。これは半分冗談ですが,とりあえず,今の仕事を論文にするのが最低限の仕事と思って作業をしていると,また時間が止まる訳で。。。
本当に集中していると自分の中で何かが加速する,あるいは完全に周囲から隔絶されていると錯覚する,この感覚はバイク以来だったけど,これを味わえる事ができるものに出会えたことに感謝したい。その分しんどいですが。
最近PCを立ち上げるのが億劫ですが,今日も徹夜になりそうです。
そんな訳で,更新はあまり出来ませんが,それはまあ長い目でみて頂くとして。